大條和雄氏著『津軽三味線物語 始祖仁太坊』を読んだ。その中に大変面白いエピソードがあった。津軽三味線の始祖仁太坊が作り上げた津軽三味線の二大特徴であるアドリブ演奏と叩き奏法の誕生の陰にイタコの修行があったという話である。
仁太坊の妻マンはイタコだった。イタコとは津軽地方の口寄せ巫女である。仁太坊は神仏のお告げを聞くイタコになるために行なわれる、七日間断食して不眠不休でお経や呪文を唱えるという修行に感銘を受け、それを模して七日間断食不眠不休で笛、尺八、三味線、呪文を繰り返すという修行を行なった。イタコはこの荒行によって心身共に限界を迎えた時にトランス状態に入り、神仏のお告げを聞くシャーマンに変身するという。仁太坊も厳しい修行によって生じた変成意識の下で、三味線の奏法としては当時驚異的に斬新であったアドリブ演奏と叩き奏法を誕生させたというのである。仁太坊はこの時、予言や難病治療などシャーマンとしての能力も顕したという。
大條氏は「音楽のルーツは神、霊などの超自然的(聖なるもの)が起源とする説が世界中にあります。それはシャーマンのトランス状態のことを言います」と述べている。よく音楽の神霊にインスピレーションを吹き込まれたと言われるが、日常意識を超えた超自然的なもの(聖なるもの)と交流している状態から音楽が生まれたという説である。津軽三味線誕生のきっかけにイタコの修行があったことは、藝の道に打ち込む仁太坊の求道者としての姿を示してもいるのだろうが、古来より共同体の制外に位置づけられてきた仁太坊の如き被差別者の藝能者が、同じく制外に位置づけられてきたイタコのような民間宗教者の修行法を取り入れてその藝に開眼したというのは、まことに興味深い話である。音楽や藝能が宗教に起源を持つと説明されるのは、日本では主に中世までの事例である。津軽三味線の場合にはそれが近代のことであった。これは津軽という縄文文化の息吹きが残る風土であったからこそ可能であったことかもしれない。
現在、津軽三味線を学ぶ者の誰でもが仁太坊のような荒行をできるかと言えば、なかなかそういうわけには参らないが、要は異常に集中して無心の境地になり、音楽が生命を持ってひとりでに動き出すような、躍動感あふれる自在な演奏ができるようにならなければならないということであろう。
(平成16年3月16日記、郷音)
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