天満宮本殿

創祀は元禄八年(一六九五)。

御祭神は、菅原道真公。

律宗京北野観音寺未円通山万福寺住持覚禅照が万福寺の鎮守神として建立した。元文五年(一七四〇)に下木崎村万福寺鎮守天満宮とある。家老長瀬氏の崇敬篤く、保護を受ける。文化年間には下木崎村氏神とある。元無格社。昭和二十八年、宗教法人天満宮となる。上木崎町に鎮座するも河原町の崇敬神社である。


天満宮全景

■探訪記

上木崎町北側の山腹を府道から見上げれば社殿が見えます。かつて同所には天正年間に建立された万福寺と大乗寺が並んでゐました。万福寺は天満宮と宮寺を兼ねた祈願所、大乗寺は墓寺で、今は万福寺の方は残つてをらず、天満宮のみが河原町の崇敬神社として奉祀されてゐるやうです。崖なので鳥居は本殿側からしか撮れませんでしたが、鳥居の向かうに園部の町が広がつてゐるのがわかるでせうか。

H16.6.12記

籔田神社本殿

創祀は不詳。

御祭神は月讀命・伊邪那岐尊・須佐之男命。

境内神社は樋多比神社・水分神社。

この地は古代山陰道の野口駅といふ駅家として栄えた。昔、この地を籔田ノ庄、字を志多非(樋多比)と言つたので、志多非神社とも称した。古代山陰道沿ひの船井・桑田・多紀三郡にまたがる三十九箇村の総氏神で、現亀岡市の佐々尾神社をはじめ末社三十二社を有した。明治四十一年に神饌幣帛供進神社に指定された。延喜式内社・旧村社・旧郷社。


籔田神社全景

■探訪記

籔田神社の森はかつてはヒタヒノモリと呼ばれてゐたらしく、月讀神よりヒタヒ神が先住神であつたやうです。神亀元年(七二一)勧請の樋多比神社の御祭神は猿田彦神ですが、街道の神として勧請されたものでせうか、それとも猿田彦神とヒタヒ神は同一神なのでせうか。また、水分神社は本梅庄の産土神であつたやうです。広大な祭祀圏を有する神社でしたが、道端に佇む姿には当時の面影はありません。

H16.9.11記

御霊神社本殿

創祀は文禄三年(一五九四)。

御祭神は御霊八柱神。

文献が喪失してその他の由緒は不明である。昔は湯立行事や奉納相撲などを行なつてゐたが、現在は衰微してゐる。旧村社。


御霊神社全景

■探訪記

南八田の集落の中心、八田川沿ひに鎮座します。すぐ近くには西本梅小学校があります。

鳥居の前は遊技場と古い小学校のやうな建築様式の木造の集会所があります。三十年以上前は境内の鳥居の前にも古木が鬱蒼と茂つてゐたさうですが、台風の被害で倒れたので、境内を整備して遊技場にしたさうです。


春日大明神

今も社殿の周囲には木々が茂り、横には竹薮があつて、竹薮の中に巨大で古さうな素晴らしい御神木があります。御神木の根つ子に抱かれるやうに春日大明神の祠が鎮座するのですが、御神木そのものが春日大明神であるやうに見えます。

H16.9.21記

勝手神社本殿

創祀は文永二年(一二六五)。

御祭神は保食神。

文永二年に籔田神社氏子より分立して、籔田神社の末社であつた保食神を氏神とした。旧村社。


勝手神社全景

■探訪記

亀岡市との境界の若森集落の真ん中にあります。200メートルほどしか離れてゐない籔田神社の氏子だつた若森が村の鎮守として分立した神社です。台風の直後で、参拝した時は覆屋の屋根の修繕と塗り替へ作業が行なはれたばかりでした。まだ職人さんたちが残つてゐて、写真を撮りに来たと告げると、「綺麗にしたばかりやさかい」と喜んでをられました。若森には重文の仏殿がある普済寺もあります。

H16.9.21記

出雲神社本殿

創祀は天安二年(八五八)。

御祭神は大尊己命・須勢理姫命。

創祀爾後建治二年(一二七六)までは社領・神主・神宮寺等完備した荘厳な神社であつたが、下司刑部四郎出張して村内一同不承諾にも拘らず社領を没収した。社人・神宮寺等は従前通り継承するも、永禄年間明智光秀によつて焼亡して衰微、爾来村民が守護してきた。旧村社。


出雲神社全景

■探訪記

埴生は古代山陰道の野口駅があつた地で、江戸時代には参勤交代など旅行者で賑はつた宿場町でした。出雲神社は埴生の北の外れの山裾に鎮座します。鳥居をくぐり、石段を昇るとまづ摂社末社の並ぶ一帯があり、さらに奥に進んで今度は石段を降りた窪地に社殿があります。大変雰囲気のある古社です。

埴生の南側の城山には中世の埴生城址があり、現存する最福寺の山門はその城門を転用したものです。

H16.9.22記

秋葉神社本殿

創祀は不詳。

御祭神は火之迦具土神。


秋葉神社全景

■探訪記

埴生の八乙女地区の裏山に鎮座します。八乙女は埴生の中心地がある篠山街道から外れて、本梅川沿ひの道を降りて行つたところにある小さな集落です。この神社で特筆すべきは石段です。公民館の左横に昇り口があるのですが、急傾斜の上に一段の幅が狭く、特に下りは恐ろしいものです。境内はきちんと手入れが行き届いてゐましたが、地元の方々はこの石段を平気で昇り降りされてゐるのでせうか。

H16.9.22記

八幡神社遥拝石

創祀は不詳。

御祭神は誉田別命。


八幡神社全景

■探訪記

埴生の八乙女地区の秋葉神社を訪れた時に、偶然見つけた神社です。民家の裏庭に接したところに鎮座します。地元の方に聞いたところ、個人が祀つてゐる神社であるさうです。詳しいことはわかりませんが、八幡大神と刻んだ石が祀られてゐました。

すぐそばに本梅川が流れてゐます。

H16.9.27記

國定國光稲荷神社本殿

創祀は不詳。

御祭神は倉稲魂命。


國定國光稲荷神社全景

■探訪記

旧城下町の商業地区であつた若松町の住宅街の中、若松食堂といふ定食屋さんの裏に鎮座します。裏通りの建物の間にありますので、見付けるのに少し注意が必要です。いかにも地元の人たちに崇敬されてゐる感じが伝はるお稲荷さんです。

老舗料亭の三亀楼など、この地域の商家が奉祀してゐます。

H16.11.7記

稲荷神社本殿

創祀は不詳。

御祭神は倉稲魂命。


稲荷神社全景

■探訪記

旧城下町の新町の旧街道沿ひ、主夜五穀天神から天神川を渡つてすぐのところに鎮座します。庭の一部に個人で祀られてゐる神社のやうです。実はお稲荷さんかどうかは不明ですが、朱塗りの鳥居が二つ重なつてゐる形態から稲荷神社と判断しました。すぐ裏には園部川が流れ、その畔には美しい洋館として知られる園部カトリック教会があります。この付近は園部駅から園部の町に入る入口に当たります。

H16.11.8記

住頭神社本殿

創祀は天治二年(一一二五)。

御祭神は住頭神。


住頭神社全景

■探訪記

重要文化財の本殿で知られる春日神社のそばに鎮座します。春日神社が村の鎮守であるのに対し、住頭神社は土地の旧家の高屋氏の氏神です。実際にお祀りをされてゐる高屋さんに伺つたところ、元々祭祀を司つてきた本家が廃れ、現在は分家の二軒で奉祀を続けてをられるとのことでした。何年か前に石垣や社殿を新しくされたさうです。覆屋だけではなく中の本殿も綺麗にお守りされてゐます。

H16.11.27記