太平洋戦争といっても今では古い話となり、知らない世代が増えていますが、子供にとっても辛い過酷な時代でした。そんな戦後の時代、人々は痩せ細り栄養不足の体で良く働いているのを子供ながらよく覚えている。
配給制度があり、少々臭いの強い魚貝類・鯨肉などの生物(なまもの)と共に、缶詰やトウモロコシの粉が配給されました。ラベルのない缶詰です。
その缶詰の空き缶が子供達の遊び道具となり「カン蹴り」遊びが流行りました。子供達は学校でも放課後、家に帰っても陽の陰るまで遊びました。街道筋にある「ポンプ小屋」辺り、寺や会所の廻り、友達仲間の家廻り、その時々に場所を選んで遊びました。宿題はありません。
「カン蹴り」「縄跳び」「かくれんぼう」思い切り遊んで汗まみれ、足元が見えなくなるまで家に帰らなかった日もあり、親から大目玉を。
更新日 平成22年6月7日
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