八月に入ると丹波の各地で「盆踊り大会」が催された。「丹波踊り」とも言われ、丹波地方で広く踊られていたようです。また、堀越峠を越えた若狭旧名田庄出身の方も、踊りのこと、音頭のことなどよく知っておられたので、かなり広範囲に踊っていたようです。
「音頭取り」が傘を手に踊りの輪の真ん中に立ち、“八百屋お七”ほか浄瑠璃くずしの文句を唄い、踊り手は「ヨーホイセ、ヤットコショー」と囃します。上手な音頭唄には、踊り手もはずみ、踊りの輪は二重三重と大きくなります。
子供達は、パリパリに糊のきいた浴衣ではしゃぎます。10時もなりますと眠くなった子供達は宅へ、これからは青年団の時間、恋の芽ばえる時間です。
踊りは音頭踊りから「ろっぽう」踊りと変わります。踊り手のアドリブ入りの掛け合いの言葉と、囃しの合いの手だけで踊ります。踊りは休みなく日付の変わる頃まで続くのです。
更新日 平成22年8月7日
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